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2月18日、「ドレミファソラシド」しか出せない音源でド♯を出すにはどうするか。
限られた音階しか出せない音源で、和音なんかを駆使して半音ずらすことは可能なのか、可能ならどのような組み合わせ、バランスにすれば良いのか。
と、音楽を体系的に学んで作曲とかやってた知人に聞いたことがある。
「着メロ」だの「3和音」だのという言葉が存在した時代だ。
たぶんその話は前にここでもしたけれど。

その際の答えは、「出せない音は出さなくても良い」であった。
まじかよ、と試してみたら、マジだった。
変な音が出るよりは、一拍休符を挟む方が遥かに聞き心地も良いし、むしろ脳が勝手に補完してくれるのだ。

このところ、業務の一貫で、むりやり出せない音を出すような作業をしているのだけれど、普通に鍵盤増やしてもらう方が後々考えても良いと思うんだけどな。
どうにかならんもんかな。

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# by ruif | 2017-02-18 00:17 | →日記。 | Comments(0)
2月17日、NASB。
NASAより一歩先を行くNASB(ナスビー)って組織、国内に幾つくらいあるんだろう。
日本の人口を約1億人として、NASBという名前を思い付くのが3人に一人、思い付いたことを実行に移す人が10人に一人、各NASBの構成員が平均4人としよう。
1億✖3➗10で、構成員4人の中にNASBを思い付いた人が含まれる場合を引いて、うーん、何かまあどうでもいいか。
体調悪い。

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# by ruif | 2017-02-17 07:44 | →日記。 | Comments(0)
2月12日、今の時代がストレスフリー以外を認めないんじゃなくて、今の5~10年前が安易なカタルシスのための安易な不幸をぶちこみ倒した反動が来ているだけなので。
「悪者を倒す」ための「悪者」を作るために、マクガフィン感覚で投入された雑で無意味に重い不幸へのカウンターなんだよ。あれは。
悪いのは10年前に安易な創作講座をやってた連中や、本当の意味でのフレーバーとして入れられただけの「無駄に重い不幸」を妙にありがたがって模倣した奴等であって、今の読者が特別に不幸耐性がないわけじゃないんだよ。
あんなもんの中で育ったら、生育段階で背骨が折れても仕方ないでしょ。


何のジャンルにもよく吟われる「狭間の時代」とは具体的にどの辺なのか、という問いがあって、結論から言えば、そんな時代は滅多に存在しないらしい。
たとえばレトロゲームで言えば、『スーパーマリオブラザーズ2』は時代じゃなくてハードの問題で狭間になってるだけだし、『ドラゴンクエスト2』は1と3のインパクトが大きすぎただけで、別に狭間であったわけではない。
『ファイナルファンタジー4』は時代的に狭間になっていたはずなのに1、2より後代のプレイヤーが多いし、『SDガンダム ガチャポン戦士4』は時代というよりシリーズ内で狭間になってるだけなのだ。

というのも、昨日『ソウル&ソード』の話をツイッターで見掛けたのだけれど、話題に上ったタグ内で意外と知名度が少ないように感じられたの。
1993年といえばプレステ発売の1年前なのだから、家庭用ゲームハードのメインストリームの中ではSFCが最強だった気もするので、どちらかと言えば逆に隆盛を極め、ソフトウェアの本数が多すぎたのが原因ではなかろうか。それも狭間と言えば狭間なのかな。
後代では続編の『トラバース スターライト&プレーリー』の方が「なんかすごいいっぱい結婚EDがある」「ペトリューシアがかわいい」といった理由で名が売れていたようなんだけど、単に時代的な面で言えばこちらの方が狭間の時代のはずなんだよな。
同タグで『ルドラの秘宝』(1996)の話が出たときは微妙に反響が多かった。じゃあ実際にルドラをプレイしたことのある人がその中にどれだけいたかと言えば、たぶんS&Sのプレイ人口と大差ないんだよな。

「狭間の時代」なんて言葉は後代の人間が定義するものでしかなく、「あー今過渡期だなー」なんて思いながら日々を送っている者ですら、自分が生きている時代を「狭間」だなんて思わない。
「狭間」なんかを見出だすのは「狭間にある何か」が見えてる場合だけだから、時代なんかじゃなく、それが特異なシステムによるものか、リメイクや続編による記憶への残留によるものかは知らないけれど、後代から見て気付ける程度に名が売れた個でしかない。
無を知覚できる人間って案外少ないのだし。

以下300文字、よくわからない話になったので割愛。

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# by ruif | 2017-02-12 21:36 | →日記。 | Comments(0)
2月2日、世界中のミッキーマウスの声でイッツアスモールワールドをワンフレーズずつ歌う音源を、
延々流してひねもすのらりくらりしたい。
でも、ミッキーマウスってイッツアスモールワールド歌ったことあるのかしら。

たまにツイッターを見た時に、あまりつながりのない広範な人が共通の論争に言及している場合は、世間でそのような話が炎上した時であるらしい。
「何だか怖いな」と思っていると、数日後にまとめサイトやYahoo!ニュースのURLが流れてきたりするのだ。
内容自体はわりと古来より議論されていたことである場合が多いんだけど、だからこそ本職の人が自分の意見を持っていて、ここぞとばかりに連投ツイートしてくれる。
もちろん、部外者が聞きかじりで考えて同じ結論に至るような話なんだから、どうせ「世界の真実」や、正しい「業界の裏話」の類いではないんだろう。単なる表面的な妄想だ。プロだって妄想くらいする。
でも、信仰の確認だって重要な宗教体験だから、初耳であるか否かに関わらず、それが普遍的な真実であろうがあるまいが、我々まとめサイト読者、Yahoo!ニュース読者にとって何かしらの影響は持つんだろうな。
とはいえ、そういうのって大体愚痴なので、明るい気分にはなれないのだけれど。

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# by ruif | 2017-02-02 09:21 | →日記。 | Comments(0)
2月頭、ぐんにゃりふぇぶらり。
ゲロ吐きそうなくらいやる気がない。
変に行動力があるよりはマシだけど、マシだから、マシか。

「リンク先のページを全部保存するだけ」というツールをダウンロードして動かしていたのだけれど、一時間経っても半分もすすんでおらず、なんだろうこれはと思った次第。
作られた時代の問題かなぁ。それとも何か動きにこだわりがあるんだろうか。
目的を達するだけのものを作るならたぶん三十分かそこらでできると思うので、後日どうにかしましょう。

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# by ruif | 2017-02-01 01:22 | →日記。 | Comments(0)
1月末、再読を拒絶するためのウェブデザイン。
やっぱりPCで見るのは無理だよあのサイト。
もっと内向的に暮らそう。

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# by ruif | 2017-01-31 23:33 | →日記。 | Comments(0)
1月31日、感受性欠乏症。
大体世の中のすべてが面白くなくなったタイミングで動き出すので、いつも憎悪と怨嗟と破壊衝動だけで動き回る羽目になる。
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# by ruif | 2017-01-31 20:35 | →日記。 | Comments(0)
1月30日、スケジュール組んだりした。
「スケジュールを組むことで満足する」という最悪の事態には、すごい大雑把なスケジュールしか組まないという対策がある。
番組内で真っ先に持ってきた「たまねぎを首に巻く」という対策に対して、アールワンではなくネギを持ってきたのは、たぶん件のCMへの皮肉だったのではないかなぁ。

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# by ruif | 2017-01-30 09:19 | →日記。 | Comments(0)
1月29日、『スーパーサラリーマン左江内氏』EDを「恋ダンスのパクリ」という人に、つい何かしら反論してしまうのは、「エヴァのパクリ」という言葉を我々が未だに憎悪しているからなのだろう。
内容としてはタイトルの通り。
以下は補足です。

日本テレビの土曜のドラマ、『スーパーサラリーマン左江内氏』、毎週楽しく視聴しています。責任からぎりぎり逃れられない葛藤というのは実際悲哀なんだけれど、不幸にならないように構成されている。
そういえばパロディとは元来、風刺を形にするための手法だったのだ、と頭を殴られた気分。
現代においてパロディのメインストリームは風刺より皮肉や嘲笑に偏っている部分があるものね。
原作が藤子・Fである以上、それをドラマ化しようとした発端の人間は、藤子・Fを愛読しているでしょうから、そうした穏便な絶望みたいなものに親和性があるんだろう、とは思いますけれど。

で、大変面白いテレビドラマであるのだけれど、そのドラマのエンディングで、出演者が踊るのです。

出演者が踊る。

ちょうど前クールの、TBSの火曜ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』という、これも面白いテレビドラマであったのだけれど、そのドラマのエンディングでも、出演者が踊っていたのです。
で、それが大流行してしまった。
一般視聴者も自分が踊った動画をインターネットにアップロードしたり、忘年会の出し物や、友人とのカラオケでも、踊りに踊りました。

だから反射的に言われるのです。
エンディングで踊ると、「恋ダンスのパクリじゃん」と。
そうすると、私もつい反射的に「マルモリだって踊ってたでしょ」と反射的に言ってしまう。これはもう仕方のないことなのです。
フジテレビの日曜ドラマ『マルモのおきて』については実の所、私自身はそれほど印象も残っていないのですが、「なんか踊るドラマ」といえば現在でも比較的伝わりやすい例が、そちらになるのでしょう。
私は別に「左江内氏が恋ダンスのパクリではなくマルモリのパクリなのだ」と言いたいわけではなく、それどころか「左江内氏は恋ダンスのパクリではない」と確信しているわけでもなく、単純に「○○のパクリ」という決めつけに激しい憎悪を抱いているのです。

二十代後半から三十歳手前程度の世代には、当時「サブカル」と呼ばれたジャンルに浴していた人々の一部には、「エヴァのパクリ」という言葉で自分の好きな物を全否定され続けた層が、一定以上の割合で存在するのですね。
私はそれより少し上になるのですけれど、何でもかんでも「エヴァのパクリ」と言って切り捨てることで自身が偉大な批評家であるかのように錯覚する系の人と、単純に仲が良くなかったので、大体同じくらい「エヴァのパクリ」という言葉が嫌いなのです。だから、「○○のパクリ」と言う言葉を見かける度に、とりあえずそれより古く、ある程度名の通った前例を探し、見つける癖がある。
その見つけた答えを発言者に突きつけるかどうかは別として、そうして安心感を得るのです。
こいつは間違っているので、こいつと同じ考えを持っている「エヴァのパクリ」派閥は無知なゴミカスなのであると、あえて悪い言い様をすればそのようなことを考えているのでしょう。
実際、テレビ東京系の水曜アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』は社会現象にもなりましたし、本当にエヴァのパクリであったアニメも沢山あったのでしょうけれど、パクリと言われた物の中にも、特にそういったわけでもないお話だってあったはずなのです。

例えば哲学ジャンルなんかだと、大体、「30年前の思想に似てる物は、それを読んだ人が継承したもの」ですけど、「60年前の思想に似てる物は、その思想が大衆レベルにまで広まったことにより生まれたもの」であって、「1年前の思想に似てる物は、大衆レベルにまで広まった思想からたまたま同時期に生まれたもの」である場合が多かったような気もします。専攻でもないので知りませんけど、確かそんな感じじゃなかったでしたっけ。

というより、「OPEDで踊る」というと、三十前後のサブカル層では「ハルヒのパクリ」という言葉が先に思い浮かぶのでしょうか。
私は当時は何て言ったんだったかな、「クックロビン音頭は○○年前だぞ糞が!」とか言ったんだったかな。パクリ認定したがる人には大体攻撃的になりますから、とりあえず適当なことを言ってた可能性がありますね。
いやまぁ実際プロモーションも含め明らかに二匹目のドジョウを狙ったものだってありましたけども、染み付いた癖は取れないものです。
異世界転移に対する「このすばのパクリ」等、いわゆるパクリ認定に対するパロディ(皮肉)として用いられる物については、特に何の感情も湧かないのですけれど。あれはどちらかといえば、動画サイトでのアニメ放送における難民救済系ジョークを悪意に舵切っただけでしょうし、全く別の話です。

そういえば、三十年くらい前のテレビアニメというものは、今と違って1年以上の長期放送となる場合が多かったため、「夏になると何かEDが盆踊りになる」という、よくわかんないスタンダードがあったのです。
そもそも現代では町内盆踊り大会的なイベント自体が全国的に減少しているのであれなんですが、アニメの盆踊り曲というのは、そういったイベントでも一定の需要があったのですね。
別に本当にクックロビン音頭やアラレ音頭、おそ松音頭の振り付けで町内の人々が踊る訳では無く(度を越してシュールな光景になるかと思いますし)、音楽だけ借りてきて、「踊りはなんとなく周囲の人々に合わせてそれっぽく」という形なのですけれど。

町内盆踊り大会では十年以上同じ曲が使用される事例も多かったため、毎年出しても必ず使用されるわけでもないし、楽曲使用料を徴収出来ていたのかも知りません。ただ、夏季の音頭系EDテーマ曲というのは、パクリというより「そういう文化」として浸透していたのです。
そう考えるとまぁ全然「ハルヒのパクリ」に対するカウンターにはなってないんですけど、何かしらあったはあった気もするので、当時の私ももう少しまともなことを言っていたのかもしれません。

何の話でしたっけ。

えぇと、ああそうだ、タイトルに全部書いてありますね、ならそれでいいですね。
別にまとめとか不要かと思いますので、これにて締めといたします。
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# by ruif | 2017-01-29 01:52 | →日記。 | Comments(0)
1月25日、鉄道会社職員ってたまに利用者を親の仇のように憎んでる人いるけど、復讐のため過去を偽って潜り込んだりしたわけ?
T/O
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# by ruif | 2017-01-25 19:47 | →日記。 | Comments(0)